「ダイアローグ・ギルティ」 そのM


 皆が私を見ている。今日はどんなショーが見られるだろうか、と興奮の眼差しで私を見下ろしている。いいだろう。最高のショーを見せてあげよう。今までで、一番私らしいショーを見せてあげよう。
「‥‥二人共、行くわよ」
 私が静かにそう言うと、楓と紅葉は怯える気持ちを隠し、強く頷いた。静寂の中で、三つの唾を呑み込む音がこだました。
 次の瞬間、私と楓と紅葉は拳銃を出入口にいる男に向けた。そして、躊躇う事無く引き金を引く。信じてもいない神に祈った。
 弾よ、出ろと。
 一発、激しい銃声が響いた。それが私の銃ではなかった。楓か紅葉の銃だろう。男の一人が血を撒き散らし昏倒していく。もう一人がスーツの中に手を入れ、拳銃を出そうとしている。私の銃は空砲だった。私はもう一度、引き金を引く。全てがスローモーションになって動く。
 私が二回目の引き金を引くのと、男がこちらを向き、手に持ったオートマチックの拳銃を私に向けようとしたのは、ほぼ同時だった。
 男の銃から銃弾が飛び出す。左肩に鈍い痛みが走り抜けた。しかし、手の力は消えない。私はもう一度引き金を振り絞った。態勢を崩し、膝が落ちても、銃口の向こうが揺らぐ事は無い。
 三発目の銃声。これも私の拳銃から出たものではなかった。しかし、男の頭からは一筋の鮮血が光っていた。私は楓と紅葉の方を見た。楓の持つ拳銃から白い煙が吹き出ていた。
「‥‥!」
 全てが元の速さで動きだした。私は肩の痛みに耐えられず、その場に倒れこんだ。紅葉と楓が駆け寄ってくる。その顔は何かをやり遂げた、満足そうな表情と、心配で今にも泣きだしそうな表情が混濁していた。私は駆け寄ってくる二人に叫んだ。
「早くあいつらの持ってる拳銃を取るのよ! 早く!」
 その言葉で、二人は倒れたまま動かない男達に駆け出した。楓は拳銃を拾い、紅葉は拳銃を出す間も無く絶命した方の男の胸の中に手を突っ込んでいた。
 二階の方が騒がしくなっていた。私はそれを無視して血が吹き出る肩に力を入れ、立ち上がると紅葉の元に近寄った。紅葉はすぐにオートマチックの拳銃を差し出した。私は銃を握ると、右手で銃を持ち、二階に向けて立て続けに三回引き金を引いた。三発の弾が飛び出し、二階席のガラスにヒビを入れた。ガラスは防弾性らしく、割れる事は無かった。
 しかし、それだけでガラスの向こう側にいる観客達は慌てふためき、逃げようとしたり、その場に頭を抱えて塞ぎ込んだりした。
「神谷さん!」
 紅葉が深紅の血に染まった私の左腕を見て、叫び声を上げた。私は紅葉に笑顔を向ける。
「大丈夫よ。大した怪我じゃないわ」
「でも、血が止まらないよぉ」
 紅葉は服の下の方を引き千切り、その布切れで私の肩の傷を丁寧に巻いてくれた。
「ありがとう。でもまだ終わってないわ。ここから逃げ出すまで成功とは言えない」
 私は男の倒れている向こうにある扉に手をかけた。血で染まっている左手で把手に手をかける。右手はいつでも銃が撃てるように、構えたままだ。その後ろでは楓が扉に向けて銃を構えている。
「‥‥開けるわよ」
 私は意を決して、左手に力を込めた。ゆっくりと扉が開かれる。右手の拳銃が私の自身の震えでカタカタと鳴る。楓の銃はそれ以上に震えていた。
 この先にあるのは天国か地獄か‥‥。
「‥‥」
 扉の先には、誰もいなかった。嘘のように静まり返っていた。灰色のコンクリートの壁が左右に伸び、白い蛍光灯が時たまチカチカと瞬きをしている。
「‥‥誰もいない」
 紅葉が顔だけを廊下に出し、誰に言うでもなく呟いた。私は開いた口が塞がらず、右手をダランと下げる。楓が安心したように安堵の息を漏らし、銃を下げた。
 廊下に出る。相変わらず誰も来る気配が無い。足音もしなければ、人の喧騒も聞こえなかった。
「一体どうなっているの? ゲーム参加者が逃げ出そうとしているのよ。どうして誰も来ないの?」
 私は左右を交互に見る。やはり、誰も来ない。私は少し不安になった。いくらなんでもこの静けさは異常だ。二階にいたあの観客達はどうしたのだろう。彼らがあんなに騒いでいたのだ。護衛とかが一人もいないなんて考えにくい。彼らの安否を第一と考えて、私達の事などどうでもいいと思っているのだろうか。
「神谷さん。早く行きましょう」
 楓が急かすように言った。彼女の言った事ももっともだ。どういう理由で人が来ないのかは分からないが、それはそれでこちらにとっては都合がいい。この間に逃げてしまえばいいのだ。しかし、私にはまだやらなければならない事があった。
 高瀬を迎えに行かなければならいのだ。
「ねえ、私はこれから行く所があるんだけど、一緒に来る?」
 私は二人の顔を見ずに言った。二人がどんな顔をするかは、簡単に予測出来た。
「どこに行くの?」
 二人は同時に訊ねる。
「決まってるじゃない。高瀬を迎えに行くのよ」
 その言葉を聞いて、二人は即答した。勿論、行きます、と。
 私は苦痛に歪んだ笑顔を二人に送った。


 普段はあの部屋から廊下を渡り会場に向かう。しかし、道はそこで終わってるわけではなく、更にその奥まで続いている。
 私の推測では、その奥に二階席に続く道があるはずだった。
 私は痛む左肩を引きずるような態勢で、だが右手はすぐにでも銃が撃てるように常時構えたままでいた。私の後に、銃を持った楓と、その楓に寄り添うに紅葉が続いた。
「‥‥」
 廊下を進み始めてから、一分くらいが過ぎた。果ては見えない。そして、相も変らず誰も現われない。異様な静けさが淵の無い恐怖感を誘う。
 そして、私の鼻はこの空間の中にある異臭が漂っている事を感じ取った。それは銃から放たれる紫煙の香りと鉄が溶けたような血の匂いだった。脳裏に嫌な光景が思い浮かんでしまう。私は頭を勢いよくふり、そのくだらない考えを消し飛ばした。
「楓ちゃん、銃を絶対に下ろしちゃダメよ」
 この異臭に楓と紅葉も気づいたのだろう。楓は固く頷いた。紅葉はそんな楓から離れる。 歩数を増やしていく度に、異臭ははっきりとしてくる。この向こうで一体、何が起こっているのだろうか。何故、私達のいる所以外の所で紫煙と血の匂いがするのだろうか。
 高瀬は何をしているのだろうか。心臓の鼓動は高まるばかりだった。
 やがて、一本の道の向こうに一際明るい光があった。人工的な輝きだ。私の高鳴りは最高潮に達する。
「‥‥神谷さん。あそこ、光ってますよ」
 楓が光の方を指差す。自分では意識していなかったのに、足だけが勝手に進んでいた。止まろうとしても、足は止まらなかった。それに楓と紅葉も続く。まるで楓と紅葉に押されているような気分だった。


 光の中にあったもの。それはいつも見上げるだけの二階席だった。
 赤い絨毯が敷かれ、無数の椅子が立ち並び、更にその向こうにさっき私が撃ってヒビを入れたガラスがある。
 しかし、今は椅子が倒れ、さっきまで観戦を楽しんでいた老人達が椅子の間で倒れている。見た顔もいくつかあった。何人いるのか分からなかった。少なくとも十人はいるだろう。全員死んでいた。スーツはどす黒く染まり、ドレスは皺くちゃになっている。絨毯には血の他にワインも染み込んでいた。
 銃痕が部屋の至る所に付いていた。
 私が部屋の入り口で立ち竦んでいると、その後ろから楓と紅葉が顔を出した。しかし、その強烈な光景と血の香りとで、すぐに顔を引っ込めてしまう。私はそんな二人の肩を強く抱き締めた。
「ここでじっとしててね。誰か来たら、嫌でもすぐに入ってくるのよ」
「‥‥うん」
 弱々しい声が返ってきた。私は小さく頷き、室内に足を踏み入れた。
 部屋に入ると、その匂いはより一層強くなった。生ゴミよりも強烈で、一度知ったら二度と忘れられない匂い。足の踏み場も無く、死体を跨ぐと私の足には血がべっとりとついた。しかし、そんな事は気にもせず、私の目は懸命に高瀬の姿を探した。
 そして、私は部屋の片隅にいる高瀬を見つけた。壁に背を預け座り込み、微動だにしなかった。
 右手には戦争映画で見るような、巨大なマシンガンが握られていた。そして左手は真っ赤に染まったお腹を押さえていた。
「高瀬!」
 この惨状を見れば簡単にその傷の意味が推測できた。高瀬は私達と別れた後、すぐにここに向かい、どこか隠しておいたマシンガンを手に部屋に乗り込んだ。そして観客達に向かってマシンガンの引き金を引いたのだ。腹の傷はおそらく、その時に誰かが反撃した時に負った傷だろう。
「大丈夫?」
 私は彼のもとに駆け寄り、俯いている彼の顔を覗き込んだ。彼の目は開いていた。虚ろで疲れ果て、私が覗いてもすぐには反応しなかった。私は乱暴に彼の肩を叩く。その衝撃でやっと彼は我に返り、私を見てはにかんだ笑顔を見せた。
「‥‥どうして、こんな所に、いるんだ?」
「あなたを迎えに来たのよ!」
「‥‥私を?」
 高瀬はぼんやりとした目線で私を見る。私はそんな高瀬を強く抱き締めた。
「愛してると言ったでしょ? また、一人にするつもり?」
 涙声になりながら答えた。高瀬は細く笑うと、約束してたっけな、と囁く。
「なかなか来ないから、こっちから来ちゃった」
「‥‥せっかちだな」
 たった十数分間しか離れていなかったのに、まるで何十年も会っていなかったような懐かしさを感じた。零れた涙が、血で赤く染まった高瀬の左手に落ちた。
 私は高瀬の腹を自分の手で押さえる。重なり合う高瀬の手に、確かな鼓動を感じた。心臓の鼓動を感じる度、この人は帰ってきてくれる人だと感じ、涙が溢れた。
 ドア越しにその光景を見ていた楓と紅葉が今にも泣き叫びそうな様子で、室内に入ってきた。足裏に血がつく事もおかまいなしに、私と高瀬に近付いてくる。
 高瀬の両端に膝をついた楓と紅葉は、大丈夫と繰り返し聞きながら、肩をさする。高瀬はかすれた声ではあったが、しっかりと大丈夫だよ、と言った。
「‥‥会いたいって言ってたのにこんな事するなんて、無謀な人」
 涙を流しているのに、笑いながら私は言った。高瀬は捨て犬を愛でるように、私の頭を撫でながら答える。
「これ以外に思い浮かばなかった」
 どこか遠くの物語を語るように、高瀬は言う。その様子は、真一が私と話を交わす時によくやる仕草に似ていた。でも、目の前で疲れたような笑顔を私に向けるのは、真一ではなく高瀬だった。
 室内には楓と紅葉の啜り泣く声だけが反響する。扉から誰かが来る様子は無い。辺りを見回せば、物言わぬ死体が転がっている。異常な光景ではあったが、私はこれで何もかもが終わったんだな、と思った。
「神谷」
 高瀬が私の名を呼ぶ。その口調は優しさは感じられず、少し冷たかった。
「何?」
「‥‥よく見ておくといい。ダイアローグ・ギルティを考えだした人の顔を」
 そう言うと、高瀬はある一点を指差した。私は吸い寄せられるように指差された方向を見る。楓も紅葉も泣くのをやめ、指の先の人物の方に目を向ける。
 高瀬の指の先にいた人物。それは十七か八くらいの少年だった。スーツを着て、壁に寄り掛かっている。短めの髪の毛に、痩せ気味の体。その目に既に命の燈は感じられず、濁った水晶玉のような瞳で、俯いていた。スーツの中に着込んだ、本来ならば真っ白なのであろうワイシャツが、今は真っ赤に染まっていた。
「‥‥あの子が?」
「そうだ。彼が新宮寺守だ」
 信じられなかった。あんな子供があのゲームを考えだした張本人? どこにでもいそうな、ごく普通の少年ではないか。それが何故‥‥。
「俺の最初の友達だ」
 語る高瀬はどこか淋しそうだった。私はそれ以上は何も聞かなかった。きっとまた、いつもみたいに何も答えてくれないだろうから。
「彼はゲームが終わる度にいつもこう呟くんだ」
「‥‥何て?」
「羨ましいなあ、と」
 高瀬はかすれた声で小さくそう言うと、力無く手をおろした。楓と紅葉は少し哀しげな瞳で少年を見つめている。
 生きていた頃の少年の瞳は、どんな色をしていたのだろう? 私は、何かを諦めたような、そんな少年の顔を見ながらそう思った。


 不意に思い出した。昔の事を。私がどうして、真一の事を愛するようになったのか。
 それは美しい日差しが窓から照らしていた、ある麗らかな午後の事だった。
 私と真一はベッドの中で、互いの裸体を眺めながら、何をするでもなくゆったりと流れる時間を楽しんでいた。台所から漂ってくるコーヒーの香りと、乾燥したシーツの香りとが清々しかった。初めて真一に抱かれて、ほぼ一日が経っていた。
 当時私は、それほど彼の事を愛してはいなかった。昨日抱かれたのも、その場のノリで、大した恋愛感情は無かった。
「なあ、どうして許してくれたんだい?」
 私の髪を撫でながら、彼は囁いた。
「何を?」
「何って、今ここにいる事さ」
「ああっ、その事。別に深い意味なんか無いわよ。ただ、最近ご無沙汰だったから」
「‥‥そうなんだ」
 彼は少し残念そうに呻いた。私はそんな彼の顔を見て、含み笑いをする。
「傷ついた?」
 私は冗談のつもりで言ったつもりだった。嫌いではなかったけれど、でも、確かにその時は愛してはいなかった。
 コーヒーの香りが鼻孔をくすぐる。私は起き上がり、ベッドから降りて台所へ向かおうとした。その時、不意に彼が私の手を掴んだ。
「何?」
「ちょっと言いたい事があるんだ」
 彼の目は真剣だった。何か訴えるような、強い眼差しだった。私はその目に吸い寄せられるような錯覚すら覚えた。
 彼はいつもの、昔を思い出すような口振りで話しだした。
「初めて会った時、缶ジュースが君の足にぶつかっただろう? あれは実は偶然なんかじゃなかったんだ」
「‥‥そうなの?」
「ああっ、わざとぶつけたんだ」
「何故?」
「君は覚えてないだろうけど、あの日が初めてだったわけじゃないんだ。電車の中で二人っきりになったのは。ずっと前から、僕と君は出会ってたんだ」
「‥‥」
「ずっと、見てたんだ」


 〈神谷瑞樹〉
 明けない夜は無い、と誰かが言った事を不意に思い出す。昔の私はずっと明けない夜の下を徘徊していたから、その事を信じていなかった。でも、今ならその言葉の意味がよく理解出来た。
 あれから、私は傷ついた高瀬に肩を貸し、楓と紅葉の四人で少年の死体のある部屋を後にした。長い廊下を渡り、螺旋状の階段を昇り、駐車場に辿り着き、高瀬の車に乗って外へと出た。運転が私がやった。
 外へ出た私は初めて、ゲームがどこで行なわれているのかを知った。そこは巨大なビルだった。都会の真ん中に巨人のようにそびえたつ灰色のビル。周りのビルなど足元にも及ばない程そのビルは長く、空に一点の穴を開けていた。
 車を走らせる。窓の向こうに見える風景は、ごく普通の街並みだ。学生やカップル、サラリーマン達が歩道を歩き、信号が変わる度に車の群れが勢いよく流れていく。晴れやかに広がる蒼い空には、一つの雲も無かった。
「俺の家に行こう。そこでも、しばらくは安全だろう。でも、すぐに引っ越しをしなければならないがな」
 紅葉に手当てを受けながら、高瀬は私に向かって言う。
「そうね」
 私は窓の向こうをぼんやりと眺め、そう答えた。信号が赤になると、車の群れが止まる。横断歩道を無数の人々が歩いてゆく。それを見ていると、自分は色んな事を経験して、そしてまた戻ってきたんだな、とおぼろげに感じた。でもまだ、実感が湧かなかった。
「‥‥」
 あそこであんな事が起こっても、外の世界は何も変わらない。真一が生きていた昔、いなくなった昔、そして高瀬と共にいる今も、変わらない。
 日は昇り、人々は学校へ行ったり仕事に行ったりする。日が暮れれば、家に帰り、食事をし、そして眠る。私が藻掻いていた時も、時間は何も変わり無く刻まれ続けていた。狂気に満ちたゲームを考えだした少年が死んでも、時計は動き続ける。
「‥‥」
 もうその時間は戻らない。真一だけではない。私と銃を交えて死んでいった者は、もう二度と戻らない。彼らが望むならば、私はいつでも頭を下げて土下座をするだろう。でも、もし何も望まないのならば、振り返らず前を歩く事を許してほしい。懺悔をしろ、と言うのならしよう。でも、もう懺悔が済んでいるのなら、新しい生活を送る事を許してほしい。
 今私の周りには、新しい生活を共に送れる人達がいる。私はこの人達と生きてみたい。でも、決してあなた達の事は忘れない。いつまでも忘れずに生きていく。そうしながら、新しい生活をしていきたいと思う。
「ねえ、高瀬」
 信号が青に変わる。
「何だ?」
 前の車が走りだすので、私もアクセルを踏む。
「私の事、好きなの?」
 高瀬の家の場所が分からないので、とりあえず真っすぐ進む。
「ああっ、好きだ」
 道は続いている。どこに着くかは分からない。
「こんな私でもいいの?」
 でもきっと、悪い所には着かないと思う。
「勿論だ」
「‥‥」
「ずっと見てたんだ」
 きっとそこは、私にとって居心地の良い所だろう。
「‥‥ありがとう」
 そう。素晴らしい所なのだ。


 〈高瀬和也〉
 何が幸せなのかを、今考えている。私は今、幸せだろうか? 幸せなのだろう。全てに終止符を打ち、今は愛する人達と共に新しい道を歩もうとしているのだから
 誰かの幸せは、時に他人の幸せを破壊する事がある。私はそればかりだった。私の幸せは他人の不幸無くしては、存在していなかった。
 どうか、許してもらいたい。
 守。こんな私を許してくれ。私は今、幸せの中にいる。それは、間違いなくお前のお陰だ。お前がいてくれたから、私は今ここにいる。こんなに言い草は勝手かもしれない。でも、全てが終わった今、そう思う事で、これからの私は生きていく事が出来る。
 もう、真一への怒りは無い。あなたは、確かに瑞樹を愛していたのだろう。私が守から離れる事でこの幸福を得たとように、あなたは姉から離れて幸福になったのだろう。
 そう思おう。例え、真実がそうでなかったとしても。
「‥‥」
 楓、紅葉。君達は私の愛した女性と、瑞樹の愛した男性との間に出来た子供だ。私と瑞樹がこれから仲良くやっていけるなら、お前達とも仲良くやっていけるだろう。
 瑞樹。あなたとすれ違いの連続だった。でも、今こうしてようやく一緒になれた。これからもそうでありたい。
 姉が私に言った、もう離れられない、という言葉。あれを思い出す。あの時の私には分からなかった。でも、今なら分かる。私も、もう彼女から離れたくない。
 窓越しに青い空が見える。
 これからの日々に見る空もきっとこんな色なのだろう。
                                                                          終わり


あとがき
このHPを知っている友人達の中で一番評判のいい作品です。とある出版社に出して、かなりいい所まで行きました。個人的にもかなり気に入っている作品でもあります。確か野島伸司脚本の「フード・ファイト」か何かを見て思いついた話だったと思いますが、詳しくは覚えていません。もしかしたら「ディア・ハンター」かもしれません。
実はこれはかなり改稿したタイプで、昔は高瀬姉妹の設定も少し違いました。それを母に言われて直した、という経緯があったりします。
何であれ、かなりの難産だったので、こうして掲載する事が出来て嬉しいです。


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